ママパパのための脳と言葉のはなし

脳と言葉:赤ちゃんのジェスチャーの役割と非言語サインが言語理解・表出へつながる科学

Tags: 赤ちゃん, 脳発達, 言語獲得, ジェスチャー, 非言語コミュニケーション, コミュニケーション, 育児

赤ちゃんのジェスチャーは言葉の土台

赤ちゃんの指さしや、バイバイと手を振る姿は、親にとって可愛らしいものです。しかし、これらのジェスチャーは単なる身振り手振り以上の意味を持っています。脳科学や発達心理学の観点から見ると、赤ちゃんのジェスチャーは、言葉を獲得するための重要なステップであり、脳の発達と密接に関わっています。

言葉は、音声によって情報を伝達する非常に効率的な手段ですが、その基礎は非言語的なコミュニケーション、特にジェスチャーによって築かれると考えられています。この記事では、赤ちゃんのジェスチャーが脳と言語の発達にどのように関わっているのか、科学的な知見に基づいて詳しく解説します。

ジェスチャーは「言葉の前の言葉」

赤ちゃんはまだ言葉を話せませんが、生後数ヶ月の頃から様々な方法で自分の気持ちや要求を伝えようとします。泣くこと、視線を向けること、そしてジェスチャーもその一つです。指さし(要求の指さし、指示の指さし)、手を振る(バイバイ)、拍手などが代表的なジェスチャーです。

これらのジェスチャーは、赤ちゃんが周囲の世界を認識し、他者と関わろうとする積極的なサインです。例えば、おもちゃを指さすのは「あれが欲しい」という要求を示しており、遠くのものを指さすのは「あれは何?」という質問や、親と注意を共有したいという意図を示しています。

ジェスチャーは、まだ語彙が限られている、あるいは全くない時期の赤ちゃんにとって、具体的な意図を伝えるための有効な「言葉の前の言葉」なのです。

脳の発達とジェスチャーの深い関係

赤ちゃんのジェスチャーの習得と使用は、脳の発達、特に言語機能に関連する領域の発達と深く連動しています。

ミラーニューロンの働き

私たちは、他者の行動を見た時に、あたかも自分自身がその行動を行っているかのように脳の特定の領域が活動することがあります。これはミラーニューロンシステムと呼ばれる働きによるものです。赤ちゃんは、親が手を振るのを見てそれを模倣したり、親の指さしを追ったりすることで、このミラーニューロンシステムを活性化させます。このような模倣や他者の行動への反応は、コミュニケーションの意図を理解する基礎となり、後の言語理解につながります。

注意の共有(Joint Attention)と言語獲得

生後9ヶ月頃から顕著になる「注意の共有(Joint Attention)」は、赤ちゃんが他者と同じ対象に同時に注意を向ける能力です。特に指さしは、注意の共有を促す強力な手段です。赤ちゃんが何かを指さし、親がそれを見て「電車だね」と声をかけることで、赤ちゃんは「指さし」というジェスチャーと「電車」という言葉、そして「本物の電車」という対象を結びつける機会を得ます。

この注意の共有の成立には、脳の前頭前野や側頭葉(特に言語に関連する領域)の発達が関わっています。注意の共有がスムーズにできる赤ちゃんは、そうでない赤ちゃんに比べて、後の語彙獲得が早い傾向があることが多くの研究で示されています。これは、注意の共有を通じて、赤ちゃんが言葉と対象との対応関係を効率的に学べるためと考えられます。

言語領域の活性化

ジェスチャーを使用したり、他者のジェスチャーを理解しようとしたりする過程で、脳の言語に関連する領域(例えば、音声言語の理解に関わる側頭葉のウェルニッケ野や、発話に関わる前頭葉のブローカ野周辺)が活性化することが示唆されています。非言語的なコミュニケーションであるジェスチャーが、後に音声言語を処理する脳の基盤を準備する役割を果たしていると考えられます。

ジェスチャーは語彙増加の予測因子

ジェスチャーの使用は、その後の言語発達を予測する指標としても注目されています。特に1歳半から2歳頃のジェスチャーのレパートリーの多さや、ジェスチャーと単語を組み合わせて使うようになること(例:「欲しい」と言いながら指さしをする)は、その後の語彙の増加や文法的な発達の速さに関連があることが分かっています。

これは、ジェスチャーが単語の習得を助けるだけでなく、概念の理解や、複数の情報を組み合わせて伝える能力とも関連していることを示しています。ジェスチャーは、単に言葉の代替ではなく、思考やコミュニケーション能力の発達そのものと深く結びついているのです。

親ができること:ジェスチャーを通じた脳と言語への働きかけ

赤ちゃんの脳と言葉の発達をサポートするために、親ができることはたくさんあります。

  1. 赤ちゃんのジェスチャーに気づき、応答する: 赤ちゃんが何かを指さしたり、特定のジェスチャーをしたら、「〇〇が欲しいのね」「バイバイだね」などと、ジェスチャーの意図を言葉にして返してあげましょう。赤ちゃんは自分のコミュニケーションが伝わったことを喜び、ジェスチャーとそれに伴う言葉の意味を学び始めます。
  2. ジェスチャーに言葉を添えて話しかける: 親自身も、話しかける時に積極的にジェスチャーを使ってみましょう。「大きいね」と言いながら両手を広げたり、「ちょうだい」と言いながら手を差し出したりするなどです。言葉だけでなく、視覚的・身体的な情報が加わることで、赤ちゃんは言葉の意味をより深く理解しやすくなります。
  3. 絵本などを活用する: 絵本を読みながら絵を指さし、「ワンワンだね」「ブーブーだよ」と声をかけることは、注意の共有を促し、ジェスチャーと語彙を結びつける良い機会となります。

これらの関わりは、特別な訓練や教材を必要とするものではありません。日々の自然なコミュニケーションの中で、赤ちゃんのジェスチャーに意識を向け、言葉を添えて応答するだけで十分です。

まとめ

赤ちゃんのジェスチャーは、単なる愛らしいしぐさではなく、脳の発達と言語獲得のための重要なステップです。ジェスチャーは「言葉の前の言葉」として意図を伝え、注意の共有を促し、脳の言語関連領域の活性化を助けます。そして、ジェスチャーのレパートリーは、その後の語彙発達を予測する指標ともなり得ます。

赤ちゃんのジェスチャーに気づき、それに言葉で応答すること、そして親自身もジェスチャーを使いながら話しかけることは、赤ちゃんの脳と言葉の健やかな成長を力強くサポートすることにつながります。日々のコミュニケーションの中で、赤ちゃんの非言語サインにぜひ注目してみてください。