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赤ちゃんの脳が言葉を予測する力:予測学習と言語獲得のメカニズム

Tags: 予測学習, 言語獲得, 脳発達, 赤ちゃん, 認知科学

はじめに:驚異的な赤ちゃんの言語獲得

赤ちゃんは、わずか数年の間に母語を驚くべきスピードで習得します。膨大な語彙を覚え、複雑な文法規則を自然に身につけていきます。この驚異的な能力は、赤ちゃんの脳が持つ特別なメカニズムによって支えられています。その一つが、「予測学習」と呼ばれる機能です。

本記事では、赤ちゃんの脳が行う予測学習が、どのように言葉の理解や習得に貢献しているのかを、科学的な知見に基づいて解説します。専門的な内容も含まれますが、分かりやすくお伝えできるよう努めます。

予測学習とは何か?:脳が未来を推測するメカニズム

予測学習とは、脳が過去の経験や入力された情報に基づいて、次に何が起こるかを予測しようとする基本的な機能です。私たちの脳は、意識する・しないに関わらず、常に周囲の環境や出来事のパターンを学習し、それに基づいて未来を予測しています。

例えば、音が鳴った後に光が点くという経験を繰り返すと、脳は音を聞いただけで次に光が点くと予測するようになります。この予測が当たると、脳は「予測が正しかった」としてそのパターンを強化します。逆に予測が外れると、「予測が間違っていた」としてパターンを修正したり、注意を向けたりします。この「予測と現実とのズレ(予測誤差)」を処理するメカニズムが、新たな学習を促進する重要な鍵となります。

予測学習は、私たちが世界を効率的に理解し、適切に行動するために不可欠な脳の働きです。これは視覚、聴覚、運動など、様々な認知機能に関わっています。そして、この予測学習の能力は、言語獲得においても極めて重要な役割を果たしていることが分かっています。

予測学習が言語獲得をどう助けるか

赤ちゃんが言葉を学ぶ際、耳に入ってくる音声情報は膨大で混沌としています。どこで単語が区切れるのか、どの音が意味を持つのか、どのような順番で音が並ぶと単語や文になるのかなど、規則性を発見する必要があります。ここで予測学習が力を発揮します。

  1. 単語の切れ目やパターンを認識する: 赤ちゃんは、繰り返し聞く言葉の音のつながりから、統計的な規則性を学習します。例えば、「あかちゃんとママ」というフレーズを何度も聞くと、「あかちゃん」という音のまとまり(単語)の中に含まれる音の組み合わせ(例:「あ」の後に「か」が来る確率は高い)と、単語と単語の間の音の組み合わせ(例:「ちゃん」の後に「と」が来る確率は比較的低い)の確率の違いを脳が学習します。これは「統計的学習」とも呼ばれ、予測学習の一種です。脳は高い確率で連続する音を一つのまとまり(単語)として予測・認識するようになります。

  2. 次にくる単語や音を予測する: 文脈から次にどのような単語や音節が来るかを予測する能力も、予測学習によるものです。「コップに〇〇を入れる」という文を聞けば、次に液体や固形の物(水、牛乳、おもちゃなど)が来る可能性が高いと予測します。このような予測は、文全体の意味理解を助けるだけでなく、聞き取り能力を高め、新しい単語の意味を推測する手助けとなります。

  3. 文法の規則性を学習する: 言語には単語の並び方や活用に関する規則(文法)があります。赤ちゃんは、たくさんの文を聞く中で、特定の単語の並び方や、単語の形がどのように変化するかといったパターンを無意識のうちに学習し、次にどのような単語や形が来るかを予測できるようになります。この予測能力が、正しい文を作る、あるいは不自然な文を聞き分ける能力の基礎となります。

このように、予測学習は赤ちゃんが言葉の「パターン」や「規則性」を発見し、理解するための強力なツールとして機能しているのです。

赤ちゃんの脳における予測学習の発達

予測学習の能力は、生まれた直後から見られますが、生後数ヶ月から数年にかけて著しく発達します。脳科学の研究、特に脳波(EEG)や脳機能画像(fNIRSなど)を用いた研究から、赤ちゃんが音や視覚情報に対して予測に基づいた脳活動を示すことが明らかになっています。

例えば、ある規則的な刺激(例:同じ音Aが繰り返された後に違う音Bがくる、ABABAB...)を聞かせると、赤ちゃんは音Aの後に音Bが来ることを予測するようになり、予測に反して再び音Aが来た場合に、脳の特定の領域で予測誤差に対応する活動が見られます。この活動は、赤ちゃんが積極的にパターンの学習と予測を行っている証拠と考えられています。

言語においても、赤ちゃんは繰り返し聞く言葉のパターンから予測モデルを構築し、予測に合う情報は効率的に処理し、予測と異なる情報にはより注意を向けます。この注意の向け方が、新しい語彙や複雑な文法規則の学習を促進すると考えられています。

親ができること:予測学習と言語獲得を支援する関わり

赤ちゃんの予測学習能力を活かし、言語獲得を支援するために、親ができることがあります。

これらの関わりは、赤ちゃんが言葉の世界に存在する膨大なパターンや規則性を発見し、それらを予測する能力を育む手助けとなります。

結論:予測する脳が言葉を紡ぐ

赤ちゃんの驚異的な言語獲得能力は、脳が持つ基本的な機能である予測学習によって強力にサポートされています。赤ちゃんは、周囲の話し言葉から統計的なパターンを抽出し、次に何が来るかを絶えず予測することで、単語、文法、意味といった言語の複雑な構造を効率的に学び取っていくのです。

親が繰り返し、リズムよく、そして応答的に語りかけることは、赤ちゃんが言葉の予測モデルを構築し、洗練させていく過程を助けることになります。予測学習の視点から赤ちゃんの言葉の学びを理解することは、日々の関わりの中でどのような点を意識すれば良いかのヒントを与えてくれるでしょう。

赤ちゃんの脳が持つ「予測する力」は、言葉の世界を解き明かすための強力な鍵であり、その力を最大限に引き出すためには、周囲からの豊かで一貫性のある言語経験が欠かせません。