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赤ちゃんの言葉が急増する『語彙爆発』:脳科学から見るそのメカニズム

Tags: 語彙爆発, 脳発達, 言語獲得, 記憶, 概念形成, 赤ちゃん

赤ちゃんの『語彙爆発』とは?脳科学から見る成長の瞬間

多くのお子様が1歳半頃から2歳にかけて、それまでゆっくりだった言葉の発達が突然加速し、知っている言葉や使える言葉の数が飛躍的に増加する時期を迎えます。この現象は「語彙爆発(Vocabulary Explosion)」と呼ばれています。まるでスイッチが入ったかのように、新しい言葉をどんどん吸収し、使い始める様子に驚かれる親御さんも多いでしょう。

では、この『語彙爆発』はなぜ起こるのでしょうか。単に外部からの刺激が増えたからというだけでなく、この時期の赤ちゃんの脳内で劇的な変化が起きていることが分かっています。ここでは、この語彙爆発を支える脳の発達メカニズムについて、専門的な視点から分かりやすく解説します。

『語彙爆発』が起こる時期と特徴

語彙爆発は、個人差はありますが、一般的に1歳半から2歳頃にかけて顕著になります。それまでは「ママ」「パパ」など限られた単語を使っていた赤ちゃんが、この時期から様々なものの名前(名詞)を中心に、動詞や形容詞なども含めて新しい言葉を次々と習得していきます。

この時期の特徴として、

このような劇的な変化は、脳の特定の機能がこの時期に急速に成熟することによって可能になります。

語彙爆発を支える脳の発達メカニズム

語彙爆発は、赤ちゃんの脳の発達、特に記憶、概念形成、連想学習といった機能の成熟が大きく関わっています。

1. 記憶能力の発達(特に陳述記憶)

言葉を覚えるためには、聞いた音(単語)とその単語が指す対象や意味を記憶する必要があります。この時期、特に出来事や知識に関する記憶である「陳述記憶(Declarative Memory)」を司る脳の領域(海馬など)が急速に発達します。これにより、赤ちゃんは一度聞いた言葉や、その言葉が使われた状況を以前よりも効率的に記憶し、保持できるようになります。

2. 概念形成能力の成熟

言葉は、特定のモノだけではなく、あるカテゴリや概念を指し示すツールです。「犬」という言葉は、目の前の特定の犬だけでなく、吠える、しっぽを振る、といった特徴を持つ「犬」という種類の動物全般を指します。赤ちゃんは、様々な犬を見る経験を通して、「犬」という概念を形成し、それに「犬」という言葉を結びつけます。語彙爆発の時期には、このような「言葉と概念を結びつける」能力、すなわち概念形成能力が脳内で成熟し、多様な言葉を獲得する土台となります。側頭葉など、意味処理に関わる領域の発達が重要になります。

3. 連想学習の効率化

脳は、繰り返し経験する中で関連性の高い情報を結びつけて学習します。例えば、「バナナ」という言葉を何度も聞くうちに、その音と、黄色くて曲がった果物、甘い味、といった特徴や、それを食べる状況などが脳内で強く結びつけられていきます。語彙爆発の時期には、このように言葉と様々な情報を結びつける「連想学習(Associative Learning)」のメカニズムが効率化されます。これにより、赤ちゃんは新しい言葉を聞いた際に、過去の経験や状況からその意味を推測し、記憶に定着させやすくなります。

4. 脳ネットワークの統合と効率化

言葉の理解や使用には、聴覚野(音を聞き取る)、側頭葉(意味を理解する)、前頭葉(言葉を選び、発声に関わる)、頭頂葉(感覚情報と結びつける)など、脳の様々な領域が連携して働く必要があります。語彙爆発が起こる時期には、これらの領域を結ぶ神経ネットワーク(脳の配線のようなもの)の結合が密になり、情報のやり取りがより効率的になります。これにより、赤ちゃんは聞いた言葉を素早く処理し、意味を理解し、自分の言葉として使えるようになるのです。

5. 統計的学習能力の活用

脳は、無意識のうちに言葉の出現パターンや組み合わせの規則性を学習しています。これを「統計的学習(Statistical Learning)」と呼びます。例えば、「わんわん」の後に「いるね」という言葉が続くことが多い、といった言語環境の統計情報を脳は蓄積しています。語彙爆発の時期には、この統計的学習能力も高まり、新しい言葉がどのような文脈で使われるかを予測したり、単語と単語の境界を見つけたりすることがより得意になります。これも新しい言葉を効率的に獲得するために重要な能力です。

環境が脳の発達と語彙爆発を促進する

これらの脳内のメカニズムは、環境からの豊かな言語的な刺激と相互作用しながら発達していきます。親御さんからの積極的な語りかけや、絵本の読み聞かせ、生活の中での様々な経験と言葉を結びつける働きかけは、赤ちゃんの脳を活性化させ、記憶力、概念形成能力、連想学習能力の発達をさらに促します。

もちろん、語彙爆発の時期やペースには個人差があります。他のお子様と比べて言葉が遅いと感じる場合でも、焦る必要はありません。大切なのは、お子様が言葉を学ぶことへの興味を持ち続けられるように、温かく安心できる環境で、繰り返し言葉に触れる機会を提供し続けることです。

まとめ

赤ちゃんの『語彙爆発』は、単に言葉が増える現象ではなく、記憶、概念形成、連想学習といった脳の基本的な認知機能がこの時期に大きく成熟し、言語に関連する脳ネットワークが効率化されることで起こる、発達上の重要なステップです。

この時期に脳内で起きている変化を理解することで、親御さんはお子様の言葉の成長をより深く見守り、サポートすることができます。焦らず、お子様とのコミュニケーションを楽しみながら、引き続き豊かな言葉の世界を提供してあげてください。それが、お子様の脳と言葉を健やかに育む何よりの力となるでしょう。