ママパパのための脳と言葉のはなし

体を動かすことが赤ちゃんの脳と言葉を育む科学:運動能力と言語能力の意外な関係

Tags: 脳発達, 言語獲得, 運動発達, 神経科学, 乳幼児期, 育児

はじめに:体と脳の発達は分かちがたく結びついている

赤ちゃんの成長を見守る中で、寝返りができるようになった、ハイハイを始めた、ついに一人で歩けるようになった、といった運動面での発達は、言葉が出てくる、喃語の種類が増える、といった言語面での発達と並行して進むことが多いことに気づかれるかもしれません。運動と言語は一見、異なる能力のように思えますが、実は赤ちゃんの脳の中で深く関連しており、互いの発達を促進し合っています。

この記事では、赤ちゃんの運動発達がどのように脳に働きかけ、言葉の獲得に影響を与えているのかを、科学的な視点から解説します。体の動きと言葉のつながりを知ることで、日々の育児におけるお子様との関わり方のヒントが得られるでしょう。

運動が脳に与える全体的な影響

まず、体を動かすこと自体が、脳の発達にとって非常に重要です。運動は脳への血流を増加させ、脳細胞に酸素と栄養素をより多く供給します。これにより、脳細胞の活動が活発化し、神経細胞の新生(神経発生)や、神経細胞同士をつなぐシナプスの形成が促進されることが知られています。

特に乳幼児期は、脳が爆発的に発達し、多くの神経回路が形成される重要な時期です。この時期に体を積極的に動かす経験をすることは、脳の構造と機能の構築に広範囲にわたって良い影響を与えます。言語に関わる脳領域だけでなく、認知機能、記憶、注意、問題解決能力など、様々な能力の発達の土台を築くことにつながるのです。

特定の運動発達段階と言語獲得の関連

赤ちゃんの運動発達は、特定の時期に重要なマイルストーンを迎えます。そして、これらの運動能力の獲得が、言葉の発達に間接的あるいは直接的に影響を与えると考えられています。

1. 寝返り・お座り期:視界の拡大と言語刺激

寝返りやお座りができるようになると、赤ちゃんは自分の力で体の向きを変えたり、座って周囲を見回したりすることができるようになります。これにより、視界が大きく広がり、両手が自由になることで、目の前のものに触れたり操作したりする機会が増えます。

この視界の拡大と探索行動の増加は、赤ちゃんが新しいものや状況に触れる機会を増やし、それらに関連する言葉を聞く機会を増やします。「あ、わんわんだね」「これはボールだよ、ころころするね」といった親からの語りかけは、視覚情報と聴覚情報を結びつけ、言葉の意味理解を促します。

2. ハイハイ期:能動的な探索と空間認知、語彙の増加

ハイハイは、赤ちゃんが自分の意思で能動的に移動する最初の手段です。ハイハイをすることで、赤ちゃんは自ら興味のある場所へ移動し、環境を探索する範囲を広げます。この探索活動は、様々な物体や場所、人々に触れる機会を劇的に増加させます。

探索中に「あっちにあるね」「引き出しを開けたね」「ママのところに来たね」といった言葉をかけられることは、空間に関する言葉(「あっち」「ここ」)、動詞(「開ける」「来る」)、名詞(「引き出し」「ママ」)など、多様な語彙を獲得する強力な機会となります。また、自分で移動して目標に到達するといった経験は、自己効力感を育み、コミュニケーションへの意欲を高めることにもつながるでしょう。

3. つかまり立ち・伝い歩き・一人歩き期:視点の変化と社会的な相互作用

立ったり歩いたりできるようになると、赤ちゃんの視点は大きく変わります。座っていた時よりも高い視点から世界を眺めることができるようになり、これまでとは異なる角度から物事を捉え、新たな発見をする機会が増えます。

さらに重要なのは、歩けるようになることで、赤ちゃんが親や他の人との社会的な相互作用に参加しやすくなることです。親の元へ歩み寄る、興味のあるものを指差して親に伝える(共同注意)、一緒に遊ぶ場所へ移動するなど、移動能力の向上はコミュニケーションの機会を増やし、より複雑な言葉のやり取りを促します。歩行の獲得と言葉の数が爆発的に増える「語彙爆発」の時期が重なることが多いのは、決して偶然ではないと考えられます。

運動と言語を統合する脳のメカニズム

運動と言語の発達が連携する背景には、脳内の複雑な神経ネットワークの働きがあります。例えば、他の人の行動を見て自分も同じように体を動かす際に活動するミラーニューロンは、他者の行動を理解するだけでなく、他者の意図や感情を理解することにも関わると考えられています。言葉を学ぶ上で重要な、他者の発話の意図を読み取ったり、コミュニケーションにおける非言語的な合図を理解したりする能力とも関連している可能性があります。

また、発話は口や舌、声帯などを協調させて動かす運動行為でもあります。体の大きな筋肉を使った運動(粗大運動)や、指先を使った細かい運動(微細運動)の経験が、発話に必要な口周りの筋肉の協調的な運動制御能力の発達に影響を与えるという研究もあります。運動計画や実行に関わる脳領域の一部が、言語の発話計画や実行にも関与している可能性も指摘されています。

日常でできること:運動と言語発達を促す環境づくり

これらの科学的な知見に基づけば、赤ちゃんの運動発達と言語発達の両方をサポートするために、親ができることがあります。

まとめ:体と脳と言葉の豊かなつながり

赤ちゃんの運動発達は単に体を強くするだけでなく、脳の広範な発達を促し、特に言葉の獲得に深く影響を与えています。寝返り、ハイハイ、歩行といったそれぞれの段階が、赤ちゃんの世界の見え方を変え、探索の機会を増やし、他者とのコミュニケーションを豊かにすることで、言葉の理解と使用を促します。

赤ちゃんの成長を見守る中で、体の発達と脳の発達、そして言葉の発達が密接に連携していることを意識していただければ幸いです。安全な環境で自由に体を動かす機会を提供し、その行動に寄り添った温かい言葉をかけること。そうした日々の関わりが、お子様の健やかな脳と言葉の育ちを育んでいくことでしょう。